アルタバヌス1世の息子として生まれ
父の跡を継いでパルティア王となった。ミトラダテスは、フラーテス2世の治世以来続いていた遊牧民の圧力を外交手段によってかわすことに成功した。彼はサカ人をアラコシアとドランギアナに誘導するとともに、その地に彼らの支配する領地を与えて従属王国を作りサカ人を戦力に組み込んだ。これらの処置は後のインド・パルティア王国の成立へと繋がっていく。一方で西方で独立を図っていたバビロニア総督ヒメロスや、それに対抗して同じく南部バビロニアで独立国家カラケネ王国を建設していたヒスパネシオスに対応した。ミトラダテス2世の圧力を受けたヒスパネシオスは抵抗を諦めて降伏し、以後カラケネ王国はパルティア領内の従属王国として存続することになる。一方でヒメロスは排除された。国内を安定させたミトラダテス2世はアルメニア方面への勢力拡大を企図し、アルメニア王アルタバスデス1世を攻撃して降伏させた。その際アルメニアの王子ティグラネス2世を人質とし、紀元前95年にアルタバデスが死去するとティグラネス2世を帰国させてアルメニア王とし、ティグラネス2世の娘アリヤザデを妻として迎え入れた。
update:2009年09月11日
